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【イベントレポート】人工知能に煩悩を与えられるか?「人工知能のための哲学塾 東洋哲学篇 第零夜」

2017年1月23日(月)、新宿で刺激的なイベントが行なわれた。人工知能のための哲学塾 東洋哲学篇 第零夜である。この記事では、そのレポートをお届けする。

「人工知能のための哲学塾」は、NPO法人IGDA日本(国際ゲーム開発者協会日本)に属するSIG-AIが2015年から開催しているイベントであり、ゲームAI開発者の三宅陽一郎氏が講師、ゲーム監督の犬飼博士氏が司会を務めている。

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なぜ、哲学なのか?

三宅氏は、ゲーム開発の最前線で人工知能を研究しながら、その開発に哲学を活用している。2016年11月に発売されたFINAL FANTASY XVも、三宅氏率いるチームが開発した人工知能を搭載している。

なぜ人工知能開発に哲学が必要なのだろうか。三宅氏は、GIZMODOで、その理由を以下のように語っている。

なぜ哲学なのかというと、人工知能は理科系と文化系の境界にある、「人間についての学問」でもあるので、実は哲学とは切っても切れない関係にあります。ただ、僕は哲学の専門家ではありません。大学でやっているように、哲学を系統立てて学んでいるわけではありません。僕が知っている知識というのは、哲学全体からすると、ゲーム開発にかかわる局所的なところです。それも、公正な立場からというよりは、キャラクターや人工知能を作るという立場からです。

キャラクターの人工知能(AI)を作る際、どうしても実践的な足場として哲学が必要になります。哲学は、ゲームAIにそのまま入る分野というより、ちょうど建築現場で足場が必要になるように、人工知能を作るためになくてはならない足場を提供してくれるのです。

つまり、人間の知能に関する本質的な認識が求められる人工知能開発には、文系学問と理系学問の両面を含み込んだ哲学の知見が必要になるという話だ。

三宅氏はすでに、西洋哲学が人工知能にどのように活用できるのかということについて六回の講演を行っている。そこでは、以下のようなテーマが扱われた。(講演の詳しい内容はこちらにも載っている。)

第零夜  哲学から人工知能とゲームを捉える(2015年5月18日)
第一夜  フッサールの現象学(2015年9月30日)
第二夜  ユクスキュルと環世界(2015年12月3日)
第三夜  デカルトと機械論 (2016年2月1日)
第四夜  デリダ、差延、感覚(2016年3月7日)
第五夜  メルロ=ポンティと知覚論(2016年5月25日)

この講演は書籍化され、去年8月にビー・エヌ・エヌ新社から『人工知能のための哲学塾』として発行された。

初音ミクも人間もゾウリムシも横並びの世界観

さて、今回のイベントの前半は三宅氏による講演だった。三宅氏は、300枚にも及ぶスライドを用いながら、人工知能開発にとって東洋哲学がどのような役割を果たしうるのかに関する大きな見通しを提示した。哲学科学工学の領域を飛び回る、三宅氏の講演内容のすべてを紹介することは不可能だが、筆者が核心だと思ったポイントを紹介したい。

講演する三宅氏

講演する三宅氏

三宅氏は、人工知能開発を行うためには、西洋哲学だけではなく、東洋哲学も必要だと考えている。そして、西洋哲学と東洋哲学は互いを補い合うことができるという考えの下に、西洋哲学に足りないものを東洋哲学に探っている。

西洋哲学に対する東洋哲学の特色はどんなところにあるのだろうか。三宅氏の示したポイントを簡単に見ておこう(もちろん西洋と東洋という二分法で多様な思想の特徴をすべて理解することはできないが、一定の傾向性を明らかにすることはできる)。

  • 西洋哲学の方法は主に論理弁証法であり、言語によって積み上げていくことである。それに対して東洋哲学の方法は、主に内観であり、仏教の場合、自分の体験を通して内面を探っていくことである。
  • 西洋(特に西欧)には、神の知能を頂点として、その劣化コピーとして人間の知能があり、さらにその下に人工知能があると考える垂直的な知能感(知能に対する捉え方)がある。それは、人工知能は人間に似ていれば似ているほどよいという考え方だ。

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  • それに対して東洋(特に日本)には、すべてに神が宿るという、人間の知能も人工知能も動物の知能も横並びに捉えて、それぞれの形があると考える水平的な知能感がある。

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  • 西洋哲学では、物を分けて考えていくことで、その要素の関係を因果関係や論理の関係として捉えて、その関係を組み合わせて構成するという考え方が主流である。それに対して東洋哲学では、物事を分けて考えようとする人間を、分けられないところ(それが「無」や「道」と呼ばれる)まで引き戻すという考え方が主流である。
  • 西洋の考え方では人間が人工知能を作り出すと考えられる。それに対して東洋の考え方では人工知能は人間が掘り出したものと考えられる。あるいは、人工知能は作られるものではなく、生れるものだと考えられる。そして、人工知能が生み出されるということは、はじめからすべてがそこにあるところ(「無」ないし「道」)に存在していたものが現れるという捉え方になる。

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人工知能に煩悩を与えられるか

三宅氏はゲーム内のキャラクターの人工知能を開発しており、人工知能に唯一無二の個性が生れるためにはどうすればよいかという問題を抱えている。そして、その問題を解く鍵を東洋哲学から得ることができるのではないかと考えている。

従来のように、単に情報を処理する部分を作っても、それぞれの人工知能の間に個性の違いは生じない。また、単に行動をプログラミングするだけでは、人工知能には自発的な行動は見られず、決まりきった行動パターンを繰り返すだけである。それに対して、三宅氏が求めるのは、命令に従うのではなく、自分で考え、自分で何を求めるかを決めていく人工知能である。

三宅氏は、単なる機械ではなく、精神構造を有する知性体としての人工知能を、「人工知性」と呼ぶ。自発的に動く個性的な人工知能が生れるために必要なのは、それぞれの人工知能が世界を解釈する仕方、行動する仕方に偏りこだわりが生じていくことである。

人間は、身体をもった存在であり、特定の時空的座標における視座に対して、環境から与えられる無限の情報を取捨選択して、自分の関心に沿って世界を解釈し、その解釈に従って行動し、その行動に従って解釈を行っている。世界はまず分けられる以前の混沌として現れ、それがさまざまな段階を経て、分節化されて捉えられるようになる。

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したがって、人それぞれに異なった世界の現れ方があり、認知の偏りがある。その意味で、人間の目の前に現れている世界は一種のイリュージョンであると言うこともできる。

仏教では、そのように偏りをもって現れてくる世界の見方に固執して、一面的な見方に陥ってしまう人間の在り方を「煩悩」と呼ぶ。そして、どうしたら世界を偏りなく、偏見にとらわれることなく、さまざまな角度から見ることができるかを模索する。そういう偏見にとらわれない、煩悩から解放された境地が「悟り」と呼ばれる。

三宅氏は、このような仏教の方向とは正反対の方向が、人工知能開発には必要だと考えている。人工知能は、いわば悟り切った存在である。世界に何のこだわりも偏見もない。したがって、人工知能に個性を与えるためには、煩悩を与える必要があるのだ。

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例えば、大乗仏教の唯識思想では、人間が世界を捉える働きを、前五識、意識、末那識、阿頼耶識に分類する。

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前五識というのは、視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚のことで、意識というのは、それらをまとめる自覚的な働きを指す。末那識というのは、潜在意識(無意識)として働いている、自分に執着する心の働きである。そして阿頼耶識は、最も深い無意識の働きであり、これらの心の働きを生み出している源泉である。自己に執着し、世界を偏った仕方で見てしまうという煩悩の根源は、阿頼耶識にある。

唯識では、この末那識や阿頼耶識に修行を通して働きかけ、偏りのない世界認識を得ることを目指す。これらの心の働きを煩悩の根源から、真理の認識の根源に転換させるということを「転識」という。

それに対して、三宅氏は、仏教の煩悩の分析に学びながら、悟り切った人工知能が煩悩に囚われるようにすることを目指している。

縁起の思考法

また三宅氏は、仏教、特に華厳思想に見られる「縁起」という考え方に注目している。

西洋の基本的な発想には、アリストテレスに代表されるように、原因があって結果があるという考え方がある。それに対して、華厳には、それぞれの要素が他の要素が存在することを自らの条件としており、すべてが同時に成立するという考え方がある。それは、それぞれの存在は、単独で存在するものではなく、他の存在との関係の中でしか存在しないという考え方である。このような連関が「縁起」と呼ばれる。

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華厳思想では、この関係を捉えるのに因陀羅網というイメージが用いられる。それは、それぞれの網の結び目に宝石が付けられた網であり、それぞれの宝石の光には、その網に付けられたすべての宝石の光が反映されているというイメージである。

このイメージは、それぞれの要素の働きが、すべての要素の連関(システム)の中で決められると共に、すべての要素の連関(システム)がそれぞれの要素の働きによって決められるという構造を表している。それは、すべてのものが関係し合っているということである。

三宅氏は、このような縁起の考え方を、一つの人工知能と、さまざまな存在との間での複雑な相互作用(インタラクション)のモデルとして活用することを目指している。

文系、理系、芸術系の垣根を越えた対話の場

後半は、前半で行われた三宅氏の講演を踏まえて、イベントの出席者全員が参加するワークショップが行われた。

ワークショップでは、ファシリテーターを務める大山匠(nebula)が、三宅氏の講演から五つの問いを引き出し、それぞれのグループに分かれディスカッションを行った後、その成果を全体で共有した。

第一の問い 東洋的とは?
第二の問い つくられるのではなく、うまれる人工知能とは?
第三の問い 自己組織化する人工知能を作るには?
第四の問い 精神、身体、世界の関係はどうなっているのか?
第五の問い インタラクティブな存在はどのように作られるか?

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ディスカッションでは、工学、科学、哲学、ゲーム、小説など、さまざまなジャンルに関わる参加者がそれぞれの知見を融合させた。

  • 「東洋的とは?」という問いを扱ったグループでは、特に東洋と西洋という区分が、西洋の側から、自分とそれ以外という仕方で作られた区分であることが問題になった。
  • 「作るのではなく、生れる人工知能とは?」という問いを扱ったグループでは、特に人工知能が自発性をもつ存在となるための地盤(ファーム)の役割が話題に上った。
  • 「自己組織化する人工知能を作るには?」という問いを扱ったグループでは、複数の人工知能がサッカーをするというモデルを通して、それぞれの人工知能の習性や感情の形成の仕方が問題とされた。
  • 「精神、身体、世界の関係はどうなっているのか?」という問いを扱ったグループでは、人工知能に瞑想は可能かという切り口から、人工知能と世界の関わりが議論された。
  • 「インタラクティブな存在はどのように作られるか?」という問いを扱ったグループでは、初音ミクが人間に恋をすることは可能かという切り口から、自発的な個性が生じる条件が議論された。

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人工知能のための哲学塾のこれから

今回紹介したのは、全体に外観を与える第零夜である。人工知能のための哲学塾は、これから五回に分けて、人工知能と東洋哲学の関係を探ることになる。

第一夜 荘子と人工知能の解体(3月中旬予定)
第二夜 井筒俊彦と内面の人工知能
第三夜 仏教と人工知能
第四夜 龍樹とインド哲学と人工知能
第五夜 禅と人工知能

今後のイベントの日時や場所は、IGDA日本のサイトに掲載される。また、西洋哲学篇に続き、東洋哲学篇の書籍化も計画しているようだ。

東洋哲学を用いて人工知能を開発するということは、前人未到の領域を切り拓くことである。人工知能とは何か、人間とは何か、その理解の枠組みが更新されると共に、文明の枠組みが更新されることになるかもしれない。

人工知能の技術の開発は、それが人類に何をもたらすのかを自覚しながら行われる必要がある。というのも、文明を作っていく存在には、倫理的な責任が問われるからである。ロボットの倫理という問題がSFのテーマである時代はそろそろ終わりを告げるのかもしれない。

Text by Motoki Okada
Photos by Reina Tashiro



講師プロフィール

三宅陽一郎(@miyayou
京都大学で数学を専攻、大阪大学大学院物理学修士課程、東京大学大学院工学系研究科博士課程を経て、人工知能研究の道へ。ゲームAI開発者としてデジタルゲームにおける人工知能技術の発展に従事。国際ゲーム開発者協会日本ゲームAI専門部会設立(チェア)、日本デジタルゲーム学会理事、芸術科学会理事、人工知能学会編集委員。共著『デジタルゲームの教科書』『デジタルゲームの技術』『絵でわかる人工知能』(SBCr) 、著書『人工知能のための哲学塾』(BNN新社)、『ゲーム、人工知能、環世界』(現代思想、青土社、2015/12)、「人工知能の作り方」(技術評論社)。最新の論文は『デジタルゲームにおける人工知能技術の応用の現在』(人工知能学会誌 2015年、学会Webにて公開)。
犬飼博士
1970年、愛知県生まれ。eスポーツプロデューサー、ゲーム監督。つながりと笑顔を生むツールとして、ゲームとスポーツに着目。スポーツとITを融合した作品発表、大会運営等を手がける。現代的なスポーツマンシップとしてスペースマンシップを提唱。人工知能を巻き込んだ次世代の「遊び」を研究開発中。最新作は「あたりつき お守りタイプ」。

 


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