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発禁書で建てる偽物のパルテノン神殿。いまアートに何ができるのか?

2017年6月10日、ドイツ有数の文化都市カッセルに「パルテノン神殿」が建設される。
もちろん、本物の神殿ではない。ご存知、本家のパルテノン神殿は、古代ギリシャの都市国家アテナイの文化遺産だ。今もエーゲ海を臨むアテネの丘の上で、2500年前と変わらぬ威厳を残しながら静かに佇んでいる。パルテノン神殿は、古代ギリシャの高度な文化のシンボルとして、そしてアテナイが生んだ「民主主義」の象徴として、今も世界中から畏敬の念を集めている。

by documenta14

カッセルの新しい「パルテノン神殿」がその姿を維持するのは、数十世紀どころか、たった3ヶ月。大雨でも降れば一晩で崩れ落ちてしまうような脆さである。なぜなら、その偽の神殿は頑健な岩石ではなく、紙の「本」で建てるからだ。

その名も、The Parthenon of Books(本のパルテノン)。建設を指揮するのは、アルゼンチン出身のアーティスト、マルタ・ミヌジン(Marta Minujínだ。

なぜ本なのか?そして、なぜパルテノン神殿なのか?そこには彼女の強い思いがあった。

「本のパルテノン」の正体とは?

ミヌジンが最初の「本のパルテノン」を建設したのは1983年。故郷アルゼンチンが、軍事政権による独裁を脱した翌年のことである。勝ち取った民主主義を祝福するために、自身のインスタレーション作品として発表したのだ。

「本のパルテノン」が民主主義を称揚する理由は、パルテノン神殿に歴史と栄光が存在するからというものだけではない。実はこの作品を支える「本」にこそ、ミヌジンの強いメッセージがあった。

建設に必要な本は全部で10万冊。最近の本から、古いものは西暦1500年前後の本もある。『星の王子さま』や『不思議の国のアリス』といったファンタジーの古典から、カントの『純粋理性批判』やルソーの『エミール』といった哲学書まで、ジャンルも様々だ。

しかし、それらの本には共通する点がただ一つだけある。それは、10万冊すべての本が「発禁書」とされた経験を持つということだ。

刊行を禁止された理由はさまざま。時代の主流であった宗教に反していたもの、政体に不都合だったもの、哲学的な論争に敗れて発禁となった思想本や教育上の配慮から出版を禁じられた本もある。「本のパルテノン」は、抑圧された言葉によって建てられているのである。

表現を抑え込まれた本の歴史を、彼女は民衆の姿に重ね合わせた。そうした稀有な経験を持つ本を材料にパルテノン神殿を建築することこそ、彼女にとって民主主義を問い直すことであり、そして賛美することであったのだ。

門を閉ざしつつあるヨーロッパで、アートは何ができるのか?

アルゼンチンに「本のパルテノン」を建設してから30年以上。ミヌジンはなぜ、再びドイツに神殿を建てようとしたのか。それは彼女が、いまヨーロッパが抱える移民や難民の課題に対するさまざまな民衆の反応を、憂慮してのことだった。

今、ヨーロッパは難しい時代を迎えています。移民の問題と強く関係しながら、この大陸では、多くのものごとが禁止され始めています。
平和が希薄になり、民主主義が打ち震えるこの時代に、みなさんと共にこの作品を共有できることは非常に意味のあることです。
私は信じています。こうした問題を切り抜けるための一つの方法は、アートであると。世界中から集った本でできたこのパルテノン神殿は、私たちの未来が多様性を歓迎することを示すシンボルなのです。

Rebuilding the Parthenon will be a top ten moment of 2017(YouTube)/ 翻訳 nebula

ヨーロッパは、二度に渡る世界大戦、そしてホロコーストという暗い歴史を経験しながらも、それを共に乗り越え多くを学んだ。しかし、増え続ける移民や難民を目前に、彼らは再び困惑している。国民の生活を守るために門を閉じるのか、あるいは民主主義という理念のために多様性を受け入れるのか、これは簡単な選択ではないだろう。

当然、ミヌジンのこうした活動には賛否がある。確かに、アートは直接的な実行力を持つ活動ではないだろう。しかしだからこそアートは鑑賞する人々に、作品が訴えるメッセージを思考する「余白」を与えることができるのだ。

ミヌジンは「本のパルテノン」を建設するための発禁本のリストをこちらに公開している。日本語のリストは含まれていないが、もし手元にこの中の本があったら、その歴史に思いを馳せてみてはいかがだろうか。

人は本を読むことによって、考えることを学ぶことができます。そして、何を読むかは自分自身で選択することができるのです。

Rebuilding the Parthenon will be a top ten moment of 2017(YouTube)/ 翻訳 nebula