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ワシントン大学発。嘘にまみれた”Post-Truth”の時代を生きぬくためのクラス

先日、ワシントン大学で教鞭を取る二人の教授が「コーリング・ブルシット(嘘の摘発)」というクラスのサイトを開設した。一風変わったテーマではあるが、ページには詳細なシラバスや参考文献、ケーススタディが載っており、大学のコース概要さながらの構成である。実はこのコース、ワシントン大学が2017年春学期から開講する授業の本物のシラバスだ。

なぜ大学のクラスをわざわざウェブページにして公開したのだろうか。
そこには、二人の教授の強い信念とメッセージが込められていた。

嘘とでたらめばかりの世界

まずは、ページに掲載している彼らの宣言―授業概要―の冒頭を転載しよう。

世界は嘘にまみれている。政治家は事実を無視し、科学は広報のことしか考えない。高等教育は論理的な思考よりも嘘の方を評価し、スタートアップ企業はでたらめを言う技術ばかりを高めている。広告会社は密かに我々を誘惑し、嘘で塗り固められた世界へと連れ込む。民間企業にしても政府にしても、嘘を緻密に混ぜ合わせて再構築しているに過ぎないようにさえ思われる。

我々はこうした嘘に囚われている。今こそ事を起こすべきだ。そして教育者たる私たち二人は、この状況を切り開くための方法は「教えること」であると考えている。このクラスの目的は、嘘にまみれた現代社会を渡り歩くための手助けをすること、つまり嘘を特定し、見抜き、効果的な分析と論理立てによってそれらと戦う術を教えることである。

この宣言は、嘘にまみれた世界への怒りを隠すところなく表現している。
“Post-Truth”(真実-以後)と呼ばれるこの時代の合理性や、その延長にある民主主義という価値の崩落に対する両教授の強い危機感の表明である。

では、彼らはそもそも「嘘」をどのようなものと考えているだろうか。サイトでは、次のように定義している。

「嘘」という言葉で私たちは何を意味しているだろうか?最も近い回答は、嘘とは言葉であり、統計値であり、インフォグラフィックである。そして、印象と圧倒によって読者や視聴者を説得しようと試みながら、真理や論理的一貫性をあからさまに軽視するようなパフォーマンスのすべてである。

嘘はあらゆる形で表される。政治的虚偽、でたらめな学術的主張といったあからさまなものだけでなく、内実の伴わないブランド戦略、必要でない商品の購買意欲を誘発するための広告のような隠された作為もまた、嘘のカテゴリーに入ってくるだろう。

しかし教授たちは何も、単に世を悲観しているわけではない。むしろこうした現実を受け入れて、嘘ばかりの世界を力強く生きるための技術を提供しようとしているのだ。

このような技術は、ある特定の学術分野を勉強するだけで身につくものではないだろう。このクラスは、論理学、哲学、心理学、社会学、情報工学、統計学、デザイン、経済学、倫理学、ジャーナリズムなどの多岐にわたる分野を横断しながら、嘘を見抜く眼力を訓練しようと試みる。
これは「学際的」などと観念的なものではない。むしろ実践的なサバイバルへと向けられた、知の総合格闘技のようなものの方が近いだろう。

実際のコースはワシントン大学が開講するものであるが、公開されたシラバスの他、FacebookTwitterメーリングリストで講義の資料が配信される予定だという。

教授たちのステートメントに共感するところがあるならば、こうしたソースから情報をフォローしてみてはいかがだろうか。

▶︎Calling Bullshit
 


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