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ロンドン大生の抗議から考える。白人哲学者ばかりの歴史は正当か?

Photo by செலின் சார்ச்

哲学者というと、多くの人がプラトン、デカルト、カント、ニーチェといった名前を思い浮かべるだろう。大学で哲学として教えられているのも、多くの場合、彼らのような白人の哲学者である。

先月、ロンドン大学に所属する東洋アフリカ研究学院(SOAS)の学生自治会が、このような現状に対する急進的な改革案を出した。それは、この学院での哲学のカリキュラムを西洋の哲学者が中心のものから、アジア、アフリカ、中東の哲学者が中心のものに変更することを要求するものである。

(Photo by செலின் சார்ச் )

哲学=西洋哲学の時代は終わる?

東洋アフリカ研究学院(SOAS)の研究対象は、アジア、アフリカ、中東であり、これらの地域を対象とする研究機関として世界最大の規模を有している。

東洋アフリカ研究学院の学生自治会が、「2016/2017年のために提起された教育上の優先事項」として発表した声明の中には、「東洋アフリカ研究学院の脱植民地化: 白人的機構への対抗」という項目が設けられている。その中で、カリキュラム内での白人の哲学者の扱い方を変更することが要求されている。その項目では、その要求の意図が以下のように記されている。

東洋アフリカ研究学院の脱植民地化は、わたしたちの大学の内部に見られる植民地主義の構造的、かつ認識論的な負の遺産に対処することを目指す運動である。東洋アフリカ研究学院は、英国の植民地主義に固有の歴史を考慮すれば、そのような諸問題に取り組む上で指導的な役割を果たすべきであるとわたしたちは確信している。今世紀という観点、および、これからの百年間のためのヴィジョンを東洋アフリカ研究学院が提示するという観点から言って、このような議論は未来の方向を決定する上で重要な役割を果たすものである

この運動の一環として七つの要求が掲げられているが、その中で特に問題となるのは、六番目と七番目の要求である。

わたしたちの課程で扱われる大多数の哲学者は、発展途上国、およびそのディアスポラ(何らかの理由でその土地を離れざるを得なかった者)から選ばれるように注意すること。東洋アフリカ研究学院が中心的に扱う対象はアジアとアフリカであり、したがってその理論の基礎は、アジアやアフリカの哲学者(および、そのディアスポラ)によって与えられるべきである。

もし白人の哲学者が必要とされる場合には、彼らの業績を批判的な観点から教えること。例えば、いわゆる「啓蒙」哲学者が書いた文章の中にある植民地的な文脈をそういうものとして認めること。

このような要求の中に見られるのは、哲学史の理解が西洋中心主義的なものであることへの違和感と、西洋哲学の理論から非西洋哲学を理解するのではなく、それぞれの地域から生まれた理論に即してそれぞれの地域の哲学を理解することへの期待感である。

Caricature of Cecil John Rhodes by Edward Linley Sambourne

Caricature of Cecil John Rhodes by Edward Linley Sambourne

Daily Mail Onlineによると、このような「植民地的な暴力」に対抗しようとする運動には、オクスフォード大学のオリエル・カレッジから、セシル・ローズ(1853-1902)の像の撤去を求める運動の影響が見られるという。セシル・ローズは、南アフリカのケープ植民地の首相を務め、「アフリカのナポレオン」と呼ばれた人物であり、この運動では「帝国主義者」として批判されている。大学側も学生たちの主張を認め、ローズを顕彰する碑文を撤去することを決定した。ただし、INDEPENDENTが報じているように、最終的に像は残されることになった。

この学生自治会の声明をめぐる騒動を取り上げたbabeの記事のコメント欄では、「実際のところ、非白人の哲学者は何人いるの? 一人も思い浮かべられない」というコメントがあった。

しかしそのコメントには、「君が一人も思い浮かべられないのは、君が無知だからだよ。実際に非白人の哲学者が存在しないからじゃない。とりあえずイブン・スィーナーモッラー・サドラー孔子孟子仏陀龍樹シャンカラあたりから始めてみれば?」というリプライが付いている。

非白人の文化圏にも、さまざまな哲学的な伝統がある。それを無視して白人しか哲学者がいないと考えることは、今日ナンセンスである。しかしだからといって、白人が生み出した哲学の豊かな伝統を無視したり、排除したりすれば、それは単に反動的であり、白人中心主義者と同じように一面的で排他的な考え方に陥ることになってしまう。

ポリティカル・コレクトネスの暴走への危惧

それでは、英国の哲学界はこの声明にどんな反応を示したのだろうか。

Immanuel Kant

Portrait of Immanuel Kant

Daily Mail Onlineによると、東洋アフリカ研究学院の宗教・哲学学科の学科長を務めるErica Hunter氏は、学生自治会の要求を「かなり馬鹿げている」と批判した上で、「私は、単にそうすることが流行しているからという理由で、哲学者や歴史家をカリキュラムから除外することには断固として抵抗する」と付け加えているという。

学生たちが単に流行に乗っているだけであると言えるかは疑問であるが、彼らが植民地主義を批判するといっても、具体的な内容に踏み込んで判断するのではなく、白人であるからという基準で判断しているという域を出ていないとすれば、むしろレイシズムに陥る危険があるため、この反応には一定の妥当性がある。

あるいは「流行しているから」という表現も、白人の哲学の排除が一つの抗いがたい潮流となる可能性があるという点では、リアリティをもった表現であるとも言える。流行の恐ろしさは、ほとんど吟味されないにもかかわらず、波及効果が大きいということにある。

またDaily Mail Onlineは、英国の哲学者Roger Scruton氏のコメントを紹介している。Scruton氏は、英国的な独自の保守主義を展開していることで知られる人物で、コメンテーター、ジャーナリスト、作曲家でもある。

このような要求からは、学生たちが無知であり、無知を克服する努力をしないことに決め込んでいることが読み取れる。これまで行われた学問的な試みのすべての領域を研究することなしには、それを除外することはできない。そして明らかに学生たちは、彼らが白人の哲学という言葉で名指しているものを研究していない。彼らがカントの『純粋理性批判』の中に植民地的な文脈が存在すると考えるならば、是非ともそれについて聞かせてもらいたいものだ。

また同じ記事によれば、バッキンガム大学の副学長を務めるAnthony Seldon氏も、この要求に批判的だという。

ポリティカル・コレクトネス(政治的公正さ)が暴走することは、実に危険である。わたしたちは、世界のこれまでの在り方を、誰かがそうであったら望ましいと思う姿に書き換えるのではなく、そうであった姿のままに理解する必要がある。

Seldon氏は、歴史の修正を問題としている。セシル・ローズの像の撤去を巡っても、歴史の消去が問題となっていた。どちらの場合にも、ポリティカル・コレクトネスを気にしすぎるあまりに適正な歴史認識が妨げられ、歴史が恣意的に書き換えられ、十分に吟味されることなしに、過去の記憶が闇に葬られることが警戒されている。

未知のものは、遠ざけたいものにも魅力的なものにもなりうる

東洋アフリカ研究学院の学生自治会の要求は、白人の哲学を軽んじているという点では反動的だが、これまでの白人の哲学への偏重に疑問を投げかけるという点では無視できない論点を含んでいる。しかしそういう運動が、白人文化と非白人文化、あるいは保守的勢力と革新的勢力の単なる抗争を生んでしまうことは、哲学や文化の発展にとって望ましくない結果を招くことになるため、注意して注意しすぎることはない。

また、マイノリティ文化の尊重は重要だが、そのことと、これまでの文化を破壊することは全く異なる。またマイノリティとマジョリティは歴史の流れの中で逆転しうるのであり、虐げられていた側が虐げる側に変わるということもある。しかしそこで、かつての被抑圧者がかつての抑圧者を抑圧することにコレクトネスはない

重要なことは、哲学史、思想史を事実に基づいてより多面的で豊富なものに刷新していくことである。そして、さまざまな地域のさまざまな考え方を踏まえながら、自らの考え方や立場を決定していくことである。歴史を書き換えて、これまでの歴史を闇に葬るのではなく、歴史の見方をより総合的なものにしていく必要がある。

そういった哲学の試みの一つの事例として、大正や昭和前期の日本で活躍していた京都学派と呼ばれる哲学者たちを思い起こすこともできる。西田幾多郎、田辺元、和辻哲郎、九鬼周造、三木清といった面々である。彼らは、アジアや日本の伝統を捨てて西洋哲学だけを学ぶことも、かといって西洋哲学を排除してアジアや日本の伝統だけを重視することもしなかった。そうではなく、彼らは、さまざまな地域の伝統を踏まえながら、新しい哲学を生み出すことに挑戦した。

自らの社会や文化を大切にし、継承していくことは重要である。しかしそれが排他的になって、他の地域の伝統や新しい考え方との対話を拒む時、目まぐるしく動いていく時代の中で生きていく指針となる哲学を営むことはできなくなる。

Portrait of Konfuzius

Portrait of Konfuzius

また、芸術(芸道)や哲学のような文化的な伝統は、自分の住んでいる地域のものだといっても、何もしなくても身につくものではない。今日失われつつある伝統も多い。自らの地域の文化的伝統さえも、主体的に身に付けるための努力をすることでしか身に付かない。まして他の地域の文化的伝統はなおさらである。それを身に付けていくことは途方もないことであるように見えたり、面倒くさくも感じられる。

人間には、未知のものを忌避したり、軽蔑したりする傾向がある。しかしそれは未知のものを遠ざけているかぎりでの話だ。自分の知らないこと、未知のものに実際に触れていくことは、わくわくすることであり、楽しいことである。まだ見ぬ科学技術のように、未来の方向に未知のものがあると共に、過去の方向にも未知のものがある。それは、宇宙、生命、人類の長い歴史が生み出した豊かな遺産のことである。

このように考えるとき、孔子が「古いものを大切にすることで新しいものを知ることができれば、人に教える師になることができる」(「温故知新、可以為師」)と言っていたことを思い起こすことになる。

 


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