Dialog

僕らが渋谷に惹かれる理由〈後編〉

前編では、ストリート文化という観点から、渋谷を切り取ってみた。後編では、渋谷の魅力についてストレートに掘り下げてみる。

▶︎僕らが渋谷に惹かれる理由 〈前編

今回の撮影には、「Takumar 28㎜ f3.5」というレンズを使用した。これは、人間の眼で見た風景に限りなく近い写真を撮れるレンズで、警察の記録写真にも使われるほどだという。アート的な写真とはまた違ったアプローチになる。

All photos by  YOSHIKAZU HOMURA

谷底の沼地、渋谷のバイブス

土曜日のセンター街を歩く。

Photo by Yoshikazu Homura

岡田 渋谷ってどういう街なんでしょうね。それを何かしら掴みたい感じがします。以前「多様性に満ちた沼地」と渋谷を捉える渋谷論を見たことがあります。
それによると、まず渋谷は大人の街と若者の街の両面を備えていると。さらに、渋谷の駅は、谷底に水が集まっていて、多様なものがうごめく沼地だそうです。そして、沼地に特有の一種の「汚れやすさ」が、既成の成功者からは出にくい斬新なものを生み出しているという感じの話でした。

▶︎ 渋谷はA面の人とB面の人が出会う街(日経ビジネス)

ほむら たしかに、それはありますね。谷間というか、僕としても、街としての風通しの悪さっていうのがあると思うんですよね。店はすぐ潰れてコロコロ変わっていくんです。その意味では風通しがいいとも言えます。
でもそれ込みで風通しが悪くて濁っている感じがするんですよね。そこにあるものが潰れて飲まれて沈殿して行く沼みたいなイメージです。なんというか渋谷には独特のバイブスがあるんですよ。

岡田 「バイブス」ってどういう意味ですか。

ほむら vibration(振動)から来ている言葉で、ヒップホップとかレゲエとかの界隈ではよく使われます。雰囲気みたいな感じの言葉で、こっちがどう感じるかっていうより、場がもっている空気感みたいなもので、こっちを刺激して動かしてくるものです。

▶︎【スラング英語の教科書】バイブスの意味と正しい使い方(nunc)

岡田 なるほど。人間の行動って常に身体的なところがベースですもんね。意識とか欲望自体、自分の身体が属している場から引き起こされるって側面があります。環境の拘束力みたいなのがある。

ほむら ですね。で、渋谷には全体的なバイブスがあるんです。それは若さに起因するものだと思います。今、スケボーで走り抜けてく人がいたじゃないですか。普通の街のメインストリートを、スケボーでガンガン通っていく人がいたら、ちょっとした異常事態ですね。でも渋谷では何の驚きもない。普通だったら非日常なものが、夜の渋谷の日常なわけです。

Photo by Yoshikazu Homura

ほむら あと、道玄坂のところに、バイクをド派手に改造した集団が並んでたじゃないですか。ファッションがヤバい人もたくさんいます。でもそれを多くの人が、「渋谷ってこういうもんだよね」って納得しちゃうんですよ。派手なことをする街っていう共通了解がある。
要するに「ここでは何をしてもいい」、「ここでは自分を解放していい」ってイメージが、渋谷のバイブスを作っているってことですね。

岡田 なるほど。イメージの力ってすごいですよね。イメージにはどんどん膨らんでいく性質がある。みんながそういうもんだと思い始めて、イメージ通りに振る舞うようになって街の情景が変わり出すと、さらにイメージも膨らむ。そんな感じで、渋谷のバイブスが増幅されていくんでしょうね。
けん玉の話の時に、人と人が「ツール」でつながる時に、宮下公園みたいな「場所」が大事って話がありましたけど、渋谷全体がそういう「場所」なんでしょうね(前編参照)。
街のバイブスっていうのは、哲学や建築の界隈で言われる「ゲニウス・ロキ」っていうのと似てますね。土地の精霊って意味の言葉ですが、人格化された神様みたいなものじゃなくて、姿形なく街に漂っている精気のようなもののことです。それは、その土地でなされる人々の行為の蓄積によって出来上がってきます。それは意識的にも、無意識的にも人々の行動に影響を与えます。

ほむら そういう言葉もあるんですね。渋谷では文化的なカオスも、多少イリーガルな行為も、「渋谷だから」と許容される。だから多文化的です。でも単に「何でもあり」ってわけでもなくて、解放される欲望にある種の方向性があると思うんです。
例えば明らかに渋谷はスウェットで来る場所じゃないんです。欲望の解放のベクトルが、派手さとか、カッコよさとか、かわいさとかヤバさとかそういう方向なんです。安定よりも冒険への欲望なわけです。

岡田 なるほど。冒険心とか自己顕示欲みたいな感じなんですね。非日常への欲求というか。変身願望とか。
なんとなく動物の求愛行動のイメージが浮かぶんですよね、派手好きっていうと。クジャクとかめっちゃ着飾っているじゃないですか。人間の経済文化(資本主義)の極みでもあるけど、そこに物凄いプリミティブ(原始的)な欲求が現れているというイメージです。

ほむら それってハロウィンの話ですね。

Photo by Yoshikazu Homura

ハロウィンと肛門期

岡田 たしかに。仮装っていうのは、見知らぬ人同士をつなげることができる「ツール」だし、「ハロウィンの渋谷」っていうのは、特別な「場所」ですよね。ほむらさんは、あの時渋谷にいらっしゃいましたか?

ほむら はい。


岡田 
どんな感じでした?

ほむら すごい盛り上がっているんですけど、驚きはしませんでしたね。渋谷のバイブスは夜になっていくと高まるんですけど、ハロウィンの時はそのヤバい版という感じです。全く予想外というわけではないというか。
あの時の渋谷は、動物に帰れる場所という感じでした。自己顕示欲、性欲、そして排泄欲が解放されている場っていうか。汚い話なんですけど、どこでもOKっていう光景を何度も見ましたね。

岡田 フロイトの「肛門期」っていう議論を思い出しますね。乳離れした後の幼児に、トイレのしつけをするじゃないですか。精神分析では、その時期にしつけられすぎると、自分や他人に対して抑圧的な人間になったり、逆にしつけがなさすぎると自己管理ができなくなったりするって話をするんです。
欲望の抑制が一時的に外されちゃって、ハロウィンだから大丈夫っていう状態になるんでしょうね。非日常空間の要素が強い渋谷の祭では、物凄いエネルギーが放散されるはずです。
スリとか痴漢とか治安の悪化はどうなんですか。

ほむら ある意味動物っぽくなっているので、盗みみたいな合理的な犯罪はそんなにないようですね。一方、性的な方では、さすがに一線はあるけど、普段よりも抑制が落ちる人たちがいるみたいですね。痴漢とかは結構あるみたいです。

▶︎渋谷ハロウィンで痴漢される女子が続出 被害ツイートがエグい(しらべぇ)

百貨店の敗北

ほむら 最初に渋谷は大人の街でも若者の街でもあるっていう話がありましたね。若者の要素がピークに達するハロウィンの時も、同時に大人的な要素も残っているわけです。渋谷にも、たくさんの上品な百貨店やお店があるわけです。

Photo by Yoshikazu Homura

ほむら 他の街だと、百貨店が街の上品さを引き上げる力を持っていると思うんですよね。新宿の伊勢丹みたいに。でも、渋谷の場合、そうならない。ハロウィンの時もそういう上品な店は営業していだけど、店の前で仮装している人たちがたむろしてたり、汚いことになったりしていると、カオスの力に負けちゃうんです。

岡田 大人っていうことを考えると、きれいな大人だけじゃなくて、ヤバい方に振り切れた大人もいるわけですよね。

ほむら それもありますね。単なる若者的なカオスとは違うやつです。薬の話も結構聴きますからね。特に円山町とか神泉とかはヤバいです。

岡田 円山町は、もともと芸妓が数多くいた花街だったらしいですね。今はラブホテル街としても知られていますね。1997年に路上売春をしていた東電のエリートOLが殺された有名な事件があったのも、ここでした。

▶︎東電OL事件18年目の真実  なぜ彼女は円山町に立ち続けていたのか?(Livedoor NEWS)

ほむら こういう事件には複雑な事情があるんでしょうけど、渋谷の魔力みたいなものも感じますよね。それは面白さや斬新さの地盤でもあるけど、怖いものでもある。

岡田 人間には、ヤバいものに惹かれるって性質がありますよね。

渋谷の中心地は百軒店にあった

岡田 さっき、渋谷では店がよく潰れる、沼に飲まれるみたいな話がありましたけど、一方でずっと残っている店もあるじゃないですか。例えば百軒店(ひゃっけんだな)の「ライオン」とかは有名ですよね。

Photo by Yoshikazu Homura

岡田 渋谷の中心はもともと道玄坂の百軒店にあったらしいですね。名曲喫茶ライオンの開業は1926年とのこと。1945年の東京大空襲で百軒店は燃えた。そしてその後、再建されたと。その頃はまだ渋谷の他のエリアはパッとしなかったみたいです。
今みたいになったのは、1964年のオリンピックから。この時に多くのインフラ(公共施設)が整備され、谷底の駅から谷の上に人が流れる現在の渋谷が設計されたようです。それ以来、百軒店は、単なる一つのエリアとなったと。今は複数の風俗店と、複数のライブハウス、名曲喫茶、老舗のカレー屋などが立ち並ぶ、謎めいた場所になってますね。

ほむら あのエリアは渋谷の他のエリアに比して動きがないんですよね。渋谷には変わらないものもある。センター街にも「兆楽」みたいな昭和感のある店が残っています。

▶︎【兆楽】センター街ど真ん中!ルースチャーハンとは一体?(しぶやめし)

Photo by Yoshikazu Homura

岡田 なるほど。変わらないものあってこそ、変わっていくものもあるという感じもしますね。
全てが一緒に動いていたら、動いていることに気付かない。実際、地球って動いているらしいですよ(笑)。どっかに一つでも動かないものがあると、動いているって気付く。そんな感じですね。
そして渋谷の多様性は、変わらないものあってこそなんでしょうね。昭和的なものの異物的なインパクトっていうのは魅力的です。のんべい横丁みたいなのが残っているのもすごいですよね。

ほむら ですね。そういえば、百軒店に関して、一つ面白い話があります。
日本のヒップホップシーンを引っ張ってきた「妄走族」っていうユニットがあったんですけど、そのメンバーが百軒店のラーメン屋の店主になったっていうんです。動きがあまりない百軒店では、このことはちょっとした事件だったようです。
百軒店の近くにはクラブもあり、そういう集客もあるみたいです。しかもグーグルマップで見たら、この場所は、前もラーメン屋だったんですよ。

▶︎渋谷百軒に、旭川の風が吹く!?(渋谷散歩新聞)

Photo by Yoshikazu Homura

岡田 古いものを上手く使いつつ、新しい文化が出来ていくってわけですか。その辺に都市の生命力を感じますね。

 

今回実感したことは、その土地に親しんでいる人と対話することで見えてくるものは多いということだ。普段は当たり前に通り過ぎてしまう場所に思いもよらない秘密が隠されている。

今回、紹介した場所は複雑な渋谷のほんの一部にすぎない。今回、明らかになったのは、渋谷のバイブス、あるいはゲニウス・ロキの一面だろう。変化し続ける渋谷の面白さを再発見した渋谷探索だった。