Dialog

情報が旅をつまらなくする? 旅をめぐる対話〈後編〉

前編 旅をしたら人って本当に成長するの? に引きつづき、今回も旅をめぐる対話をお届けします。後編では、旅と情報の関係を掘り下げようと思います。(後編は前編に比べて短めです◎)

「ああこれが例のアレか」という経験はつまらない

伶奈 旅人姉妹の希さん、順子さん、よろしくお願いします。2人の旅遍歴は前回紹介したので割愛しますね。で、その対話のときに”旅ではすべきことがない状況におかれるから解放される” みたいな話がでたんだけど、ちょっとまだ引っかかってる。そういう旅って滅多にないと思うんだよね。

順子(敬称略)旅の仕方によるけど、普通の旅はどんな感じ?

左から小林希(のぞみ)さん、小林順子さん、伶奈 / Photo by Yohei Ishiwata

左から小林希(のぞみ)さん、小林順子さん、nebulaの伶奈 / Photo by Yohei Ishiwata

伶奈 旅ってだいたい、出発前からだいたいの予定は組まれている。有名な場所やレストランを予めガイドブックやネットで調べて、お昼はここ、夜はここで食べよう、その間に時間があるからなんちゃら城にいけるなとかプラン済み。

(敬称略)旅に行く前のプランニングも楽しいよね。想像することからすでに旅は始まってるんじゃない?

伶奈 たしかにプランニングも旅の醍醐味だと思う。パリに行ったらお洒落して凱旋門歩いてエッフェル塔行ってルーブル観て…って想像を膨らませてわくわくする。

 わたしも旅の最初の頃は、観光したいって気持ちが強かったから、ガイドブックやネットで遺跡の場所を調べたりお祭り時期にあわせて次の国を決めたりしてたよ。さすがにどこで何を食べるかまでは計画してなかったけど。

place / Photo by だれ

New York, USA / by Nozomi Kobayashi

伶奈 でもそのわくわく体験と引き換えに、その場合って自分が作ったプランを自分でなぞってるだけでなんだかおもしろくないなって思わない?「すべきことがなにもない」なんかじゃなくて「すべきことに追われている」感覚になる。で、実際行くと「ああこれが例のアレか」という経験になるんだよね。

順子 すでに見るものを「知っちゃってる」ってことかな。

伶奈  うん、「持ってる知識を再確認する作業」になってしまうというか。

 わかる。わたしも1年くらいは観光メインの旅をしてただけど疲れちゃって。それはそれで楽しいんだけど飽きちゃった。

伶奈 そういう旅をしてると実物を目の前にしたときに、想像してたものや事前に知ってたアレと比べてなーんだ大したことないじゃんって思うことない?

 あるある、「世界がっかり遺産」の経験。

伶奈 もちろん逆もあるだろうけど、結局持ってる知識に照らして判断してるだけだから実物を十分に楽しめなくなる。だったらわざわざパリなんか行かないでプロが撮ったエッフェル塔のすんごい写真をネットで堪能すればいいじゃんって思ってしまう。

Chichicastenango, Guatemala / by Yohei Ishiwata

Chichicastenango, Guatemala / by Yohei Ishiwata

 わたしはそういう経験を経て、後半の1年半は、情報に頼らない旅にしようって決めたの。ガイドブックやネットで写真も見ない、名所も調べない。こういう時代なんだから知ろうと思わなくても情報って入ってきちゃう。だからこそかなり意識的に情報を遠ざけなければいけないよね。

伶奈 なぜそうしようと思ったの?

 「目標を達成するための旅」になりがちというか。その場を楽しむよりもより多くの名所を巡るとかや国の数を競うとか、ゲームをクリアしていくようなスタンプラリー的な旅になってしまう。情報の話から少しズレるけど、例えば旅ブログのために旅をしてる人もいて、そういう人は街を見ないでずっとカフェでブログ書いてるの。

順子 旅の充実度を問わなくなっちゃいそう。

 見栄えや聞こえがいいものを選んでしまう。

伶奈 なるほど。旅って本来、慣れない地に行って自分で情報を集めるものであったはずなのに、今は、すでにある情報をこなす行為になってしまっている。希さんのように意識的に情報を遮断しないとおもしろくなくなっちゃうんだろうな。

案内されたレストランが美味しくなくてもいい

順子 わたしもその都度の経験そのままを楽しみたいと思うから、スタンプラリー的な旅はイヤだな。例えばネットでべた褒めされている有名なレストランに行って実際美味しかったということよりも、現地の人に聞いて足を運んでみるほうがおもしろい経験だと思う。

Paris, France / Junko Kobayashi

Paris, France / by Junko Kobayashi

 情報源がネットか現地の人かの違いで結局調べているんだよね?

順子 もちろん調べるんだけどネットだと私が調べても他の人が調べても同じ情報しか出てこない。つまり、情報がある程度必然性をもってる。だけど現地の人に聞く場合、誰に聞くか決めるところからはじまって、その時の時間帯、こちらの聞き方、相手の気分、趣味とかに情報が左右されるから、全てが偶然的になる。

伶奈 偶然的だからおもしろいということ?

順子 うん、その偶然性が「おもしろい」ということなのだと思う。案内されたレストランが美味しくないかもしれない。でもそれはそれで仕方ない。何が起こるかわからないおもしろさがそこにはある。必然的ではない情報が旅の醍醐味と言えるのではないかな。

伶奈 旅がおもしろくなくなってしまうのは情報があるからではなく均一的なネット情報のせいなのかな?

 そうだね。ネットの情報がダメということじゃなくて、そのせいで欲が底なしになってしまうのが問題。得られなかった情報って、本来わたしにとって存在しないものなのに、それを忘れてしまうんだよね。世代の違いやネット依存度の違いもあると思うけど。

順子 ネットのせいで十分な情報を得られてない=損しているという感覚になりがち。

伶奈 その感覚のせいで検索しすぎちゃうから、実際行かないと損した気持ちになるのかな。ルーブルクリア、オルセークリア、次は、わちゃわちゃ、あー、みたいな。わたしが感動したり美味しいと思った経験しか実際は存在しないはずなのに、自分ができること以上の情報に操られてしまって、結果的に自分の首を絞めることになる。

ツアーなんて旅じゃない

順子 わたしも旅をしてるときは心からやりたいことしかしないし行きたい所しか行かないように気をつけてる。というのも、スタンプラリー的な旅では、自分が本当にしたいこととや好きなものを探ることはできないと思うから。パリに滞在したときも、美術館巡りをして芸術を吸収する気分にならなかったから、結局ほとんど美術館行かなかった。

 わたしもパリでルーブル美術館も行かなかったしフランス料理も一回も食べなかった。

順子 さすがにフランス料理くらい食べなよって言ったよね(笑)。

 アフリカの直後にパリだったから、すべてが十分キラキラで、でも高くて高くて。アフリカで作った親子丼とパリで作った親子丼の味が全然違くて、それがおもしろかったな。

伶奈 そういう経験は貴重だなぁ。じゃあ、見たとか行ったという事実にはまったく価値がない?

順子 全然いらない。興味がないときに行っても「モナリザの前に人がたかってたな」って感想しか出てこない。旅の醍醐味は、すべきことがないからその時々の感情や意欲に沿って行動できることだと思う。だから、旅の動向によって、自分のことがよくわかる。わたしは、パリにいたらルーブルとか行きたくなるのかなって待ってたんだけど全然ならなかったから、自分は有名なアートにそもそも興味ないんだなってわかった。

Paris, France / Photo by Junko Kobayashi

Paris, France / by Junko Kobayashi

伶奈 じゃあツアーの旅はもってのほかだ。楽だけど、スタンプラリー旅の典型。

順子 あれはなんだろうね。たまに、自分で飛行機とったり宿取るのもすごいって思ってる人もいる。ツアーって自分で計画したプランを遂行する旅でもなくて、他人が作ったプランを遂行するだけだからますますおもしろくないと思う。

伶奈 プロが選んだプランなんだから自分の感覚より完璧なはずだみたいな気持ちも伴うだろうしね。旅とは何かって旅行会社にもっと考えてほしいな。

順子 そういう経験って人生には響いてこないし前編の最後の方で話されたような「旅」ではもはやなくなる。わたしは多すぎる情報によって「その場その場を生きる」ってことがなくなってしまうんじゃないかと思う。

ミルフィーユ、今じゃないとダメ?

順子 あと、テクノロジーによって、旅ならではの経験が薄れてしまうと思う。問題は、情報が多すぎることだけじゃなくて、出会いの可能性や人との交流が減ること。

Paris, France / Junko Kobayashi

Paris, France / by Junko Kobayashi

順子 カフェに入ってwifi繋げてミルフィーユの写真をSNSにあげて…ってしてると、これ東京でもできるじゃん、わたし何してるんだろうって思う。今生きているんだから、つまらなくても今しかできないことをしたい。その土地の匂い、音、目に映る人々や景色ってその瞬間に集中しなきゃ簡単に逃しちゃうから。宿にwifiがなければ誰かと仲良くなるかもしれない。意識的にスマホの電源切るとかしないと。

伶奈 SNSって他者と繋がる手段なのに目的にしてしまうことがある。ミルフィーユの写真を載せないと、それを食べた事実さえも存在しない感覚になるとか。

順子 インスタ映えするかどうかを基準にして旅先を選んでる人もいるよね。

 わたしは旅をしてSNSがめんどくなったの。Facebook交換しようって言われるのが嫌になって個人的な連絡のためにGmailを教えていた。

伶奈 なんで嫌になったの?

 リアルな世界じゃないと思ったから。なんでもかんでもシェアする気持ちが理解できなかったし、自分がどこで何をしているかとかどうでもいいじゃんって思う。今は仕事でInstagramは使ってるけどリアルな世界と分けて考えないと。

順子 お姉ちゃん(希)からは6ヶ月分の写真が家族にまとめて送られてくる(笑)。リアルな世界じゃないってわかってるのに、なんでSNSに振り回されてしまうのだろう。

伶奈 うーん、SNSの問題は難しい。スマホの中だけで世界は完結できちゃうのかもしれない。だから極端に言えば生身の人間はいらなくなる。

順子 意識的にテクノロジーを断つことで目の前の人間ときちんと関わろうと思えると思う。

 わたしも情報やSNSを絶って旅をしたらおもしろくて貴重な経験できるんじゃないかなって思うよ。

Photo by Yohei Ishiwata

by Yohei Ishiwata

伶奈 まだまだ話は尽きませんが、今回の対話はこれで幕を閉じたいと思います。順子さん、希さん、本当にありがとうございました。これからの旅もお気をつけて。

対話した日 2016年10月31日


Instagram
希さん @nozzi_bazzar (世界各地の民芸品を集めたオンラインショップを運営中)
順子さん @jj_downunder

今回の対話から出てきた問い

そうはいっても、人間の「憧れ」はバカにできない。わたしの中には、映画や写真や伝聞やスマホによって作り出された “あの憧れのパリ”があることも事実。この憧れはわたしに、パリが想像に及ばない特別な場所であると期待させる。憧れの気持ちが強いほど、実際に辿り着いてしまった時に、あーあ、届いちゃった、結局同じ人間なんだ日常なんだと落胆してしまう。
▶︎でも、この人間の「憧れ」こそが情報を作る原動力になっているのではないか。本や雑誌や写真という情報、映画や音楽という芸術もそうやって生み出されてきたのではないか?

この問いは、いつかゆっくり考えてみます。

▶︎前編 旅をしたら人って成長するの?  こちらも合わせてお読みください。

 


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